2023年10月20日(秋)

正直に言って、何の予定もなく有給休暇を迎えた。

7時半頃に目を覚ますと、廊下からラジオの音が段々と大きくなってくるのがよくわかった。アラームをつけない朝は久しぶりだった。週5日の労働と2日の休暇、僕が学生の頃に向き合うことを避け続けてきたこの世界の決まり事を僕は社会に出てすんなりと受け入れた。7ー5=2でしかないから。

工場での労働はとても疲れる。広い工場内を端から端まで、坂の上から下まで汗をかきながら、重い荷物を持ちながら8時間動き続ける。世の中にはいろいろな仕事があって、僕もアルバイターとして幾つか経験したが、それらのどの仕事よりも体力的、精神的にも疲労する。

ただ一番に酷なのは僕自身の「薄給で汗をかく、頭を使わない仕事をやっている自分を嫌に思うプライド」がどこかで揺らいでいることに気づき始めていることかもしれない。まさに僕の見ている風景はモダンタイムスの歯車のようで、個人としての労働者の尊厳というか個性というかに注目すると、目も当てられないような同僚ばかりである。あるいは僕の観察者的な視点による勝手な評価だろうか。彼らには彼らなりの物の考えようっていうのがあるのかもしれない。新入社員が偶々自分たちの職場に研修で来て、同情されるのは御免だというのは真っ当かもしれない。

 

寮の朝食は出勤時間に合わせて締め切られる。滑り込みで7時55分ごろになってようやく僕は朝食を食べ、部屋に戻った。戻る途中で普段通り出勤する同期と会った。1日頑張れよと声をかけ、相手は苦笑いで有給をしっかりと楽しむように僕に忠告してくれた。

部屋に戻る途中、階段の窓から玄関にライトブルーのミニがとまっているのが見えた。よく見かける車だったが、僕は誰がその車に乗っていて、何故いつもそこに停めているのかよく知らなかった。調子が悪いのか、それとも自慢の車を見せびらかしているのだろうか。それでもミニはいい車だと思った。余裕のあるアイコニカルなデザインとイギリスを感じさせるフォルム。風に吹かれて路上を転がるゴミですらおしゃれな街。無理せずミニに乗るような大人になっているはずだったと僕はその車を見るたびに思った。

部屋に戻り、僕は途方に暮れた。工場の休憩時間に煙草を吸っている時のように。いや、それ以上に頭の中は空っぽだった。そして本当に残念なことに、この部屋の空気もマズく、澱んでいた。僕は耐えきれずに窓を開けた。カーテンを開いて、それが太陽に照らされ暖かくなっていることに初めて気づいた。鉄骨の部屋の窓脇で、僕はカーテンを暖かく感じることができた。しっかりと夏が終わり、冬が近づいてきているようだった。

昼飯は外で食べる必要があった。気に入っている岐阜駅の中華に行くことにした。ここからは少し時間がかかるが、それでもまだ時間が余る。僕は寮の前で洗車をすることにした。窓の鱗取りから、ワックスがけまで行いたかったので腕まくりをしながら僕は下に降りた。

外は本当にいい天気だった。午後からの雨の予報は外れるんじゃないかと疑いたくなるようなカラッと晴れた空で雲ひとつなかった。でもお世辞にも洗車日和ではないと思った。僕の車は黒く、晴れた日に黒い車体を洗うとすぐ蒸発して跡が残ってしまうのだ。それに、なによりもミニが邪魔だった。近くでみるとその車はとても几帳面に洗車されていて、泥跳ねひとつなかった。あまり近づきたくない車だったが、洗車スペースが限られているので僕は渋々そのミニに水が飛ばない様、少し離して停車した。

洗車が終わり、時計を見ると2時間経っていた。窓の撥水施工が時間がかかる。夢中になっていた。何故、こんなことに拘っているのか自分でも不思議に思うくらい僕は車に興味がなかった上、黙々と作業をすることがこんなに性に合うとは意外だった。途中で管理人が2階からこちらを見下ろして、キレイになっとるねぇーと叫ぶので僕は返事をして会釈した。中々普段話の合わない管理人だったが、悪い人ではないとみんな口を揃えていう。僕もその通りだと思った。

 

岐阜に向かう途中でガソリンがなかったので国道のENEOSに寄った。女性の販売員が2人程いて、僕は車を降りる前から嫌な予感がした。大体のところ燃料添加剤かクレジットカードの入会の勧誘だろう。そのどちらも僕は必要としていなかったし、他に客がいなかったためか2人とも暇そうだった。車を降りると、いかにも格好のカモがやってきたぞと言わんばかりに1人が話しかけてきたがモバイルエネキーの勧誘で、入会すれば今日ガソリンが6円引きになるらしい。僕は、ハイハイ大丈夫ですなどと言いながら軽油の緑色の給油ガンを車の給油口に差し込み、あと一歩でトリガーをひくところで何故だか入会しようという気になった。給油口の前に立ち、サイドから映る洗車したての車はあまりにもキレイで満足感があった。こんな勧誘の一つや二つぐらい、受けてやってもいいと思った。だって世界中には叶えられない願いが星の数ほどあるのだ。その中の一つや二つ、俺が引き受けてやったっていいじゃないか。

結局僕はそのお姉さんに言われるがままにカードを登録し、モバイルエネキーをゲットした。彼女は登録が終わると、即座に「はい、アザっしたー」といってどこかに行ってしまった。値引きは結局3円分しか適用されず、軽油はリッター133円だった。その数字を見て、だいぶ安くなったとしみじみ思った。

 

岐阜で中華を食べて、それから金華山ドライブウェイを何の気なしに走った。岩戸森林公園を抜け、水道山展望台まで辿り着くと、途中で僕を抜かして行ったホンダのN-ONEと春日井ナンバーのプリウスが止まっていた。僕がつくと同時にプリウスからかなり年のいったカップルか夫婦が出てきてお互いに話をしながら楽しそうに展望台へ登って行った。50代後半60代か、熟年夫婦にしては雰囲気が若いなと思った。ちょうど展望台までの道は丁寧に花が植えられていて、その道を歩く2人と寂れた雰囲気の展望台の中にポツリとある花の賑やかさが、何故だか哀愁を感じさせた。

展望台に登ると、景色は素晴らしかった。と、いうよりも岐阜という街がとても良い場所だと僕は思った。ここから岐阜駅の方を見ると、平野が続いていて、駅前のビル群の奥の方に霞んだ伊吹山が見えた。この景色を見ていると、なんだか漠っとしたやる気が湧いてきてくる。僕は昨日調べていた奥飛騨の宿のWebサイトを開いて、まだ予約できるか調べてみた。サイトによると、一応当日の予約をすることができ、すかさず僕は予約を入れた。16時にチェックイン可能とのことだった。

岐阜公園方面に出てしばらく走り、関から高速に乗った。郡上を超えたあたりから、予報通り雨が降り出した。気づくと空はどこをを切り取っても曇天模様で、天気とはよく変わる物だと僕はこの歳になってちょっと感心したが、自分がかなり移動していることを思い出し、笑ってしまった。北上するにつれて雨が激しくなり、前を走る車のタイヤが飛沫を巻き上げているのが遠くからもよくわかった。僕のフロントガラスは今朝洗車時に撥水加工をしたおかげで、ワイパーをせずとも、水玉が上に流れて行った。窓ガラスに打ち付ける雨は、一瞬で大きな粒に成長し、その水滴は右に左に触れながら流れていく。ハンドルを握りながらぼくはひとり、その映像をじっと見つめていた。

見覚えのある高山市街を抜け、ひたすら続く158号を東に走らせた。乗鞍の山麓にさしかかり、平湯までくると、流石に見事な景色だった。街ではまだ青々としている木々が、こちらでは段々と色づいてきて、黄色になっているものや、赤みがかった部分も窓越しによくわかった。ここでは、季節は完全に秋だった。平湯で471号に左折した時、ぼくは息をのんだ。本当に綺麗な道だと思った。昔読んだ、絵の具の合わせ方の本に出てきたパレット上の色の数々を思い出した。緑にはいくつもの緑があって、茶色にはまたいろいろな茶色があるという単純なことが、なにかとても大事なことの様に今は思えた。