夏の終わりの夢の日記

 今年もまた、暑い暑い夏が終わりかけていて、終わりがけスクーターで感じる風の匂いも、葉の隙間を刺すようにあったコンクリートへの反射も、今日はなかった。

セミが鳴かなくなったのはいつ頃だったんだろう。気がつけばセミの音がしなくなっていて、少しかなしくなった。どこに行ったんだよー…。

 それからまだ暑いうちに行った伊根のことを思った。丹後半島の先にある灯台へ登ると下の岩にぶつかって砕ける波や飛沫に光って照らす夏の太陽。そこにいた猿達。

 僕は連勤が開けて昨日、家に帰るとぐっすり眠った。多分、8時間のうち1秒も眠りは浅くならなかったと思う。そんなによく眠るのはかなり久しぶりだった。深い眠りについたからなのか、あるいはそんな風に季節が移ろい始めていたことが関係して夢を見た。

 僕はその夢の中でも、眠っていた。というよりも眠っている僕を上から、まるで幽体離脱してくるっと自分の方を見下ろすような視点で眺めていた。僕は僕が僕のベットの上で眠っているところをずっと眺めてから、早送りボタンを押した。長い時間が過ぎて、その間早送りされたテープのように僕は何度も寝返りを打った。その間にカーテンの隙間からは、街を行き交う車のテールライトの赤や黄色い光やそれらによってできる影が壁に映し出された(丁度僕のマンションの前の通りは大通りだから夜中でもある程度の交通量がある。暴走族のバイク群に、北山へ帰るサラリーマンやデート中の学生達が乗る車がその通りを走るのだ)。相当長い間、何時間も何時間もまるで繰り返しの映像を読み込むコンピュータのように僕はそれを見ていたが、不思議なことにいくら時がたっても世が明ける気配はなかった。窓際の入り込む色とりどりの光は、まるで窓の外の世界はサイバーパンクの世界のように空を飛ぶHOVAが行き交っているようにすりガラスに映った。夏が終わって、冷え切った毎日曇天模様の雨ばかり降るネオンの街。カーテンを開けて外の世界を確かめてみてもよかった。何だってできるのだ。ここは夢の中なのだから。しかし僕はその時カーテンを開けることすら考えの中になかった。カーテン越しの光と影の入り込むこの部屋の景色に慣れ過ぎていたのだろう。カーテンは閉まっているもの。彼氏と歩く可愛い子を街で見かけても声をかけることがないように、水族館の芸のできなくなったイルカがその後どうなるのか誰も知らないように。当たり前のこと。

 突然に人の笑い声が聞こえてきた。2、3人、学生くらいの若い男達の声。その声は次第に大きくなっていって寝ている僕(見下ろされている僕の方)はうるさそうに顔をしかめた。こういうタイプの声は耳に障るのだ。彼等は通りで何かお酒を飲んで盛り上がっているようだった。季節の変わり目の飲み会。冷えた夜中に昼間のシャツ一枚で店を移動する男女を数組思い浮かべた。“おーい、お前もう帰るのか”声ははっきりとしないが大体そんなことを彼等は言ってから声は段々ともわもわしていって遠くに消えていった。辺りはまた、光と影だけになった。さっきと違うのは、僕は、起きていた。そして、僕は自分が起きていることに気づいた。見覚えのある視点。ベットの上に起きあがり上を見たが誰も、僕を見下ろしてなどいなかった。仮に目があったとして、それは誰なのだろう。もし僕が天井から僕を見下ろす僕を目撃すればきっと、僕は彼と会話し次第に頭がおかしくなってしまうだろう。鏡に自問自答するのでなく、それは僕を操るプレイヤーのような視点を持った僕なのだ。

 僕は徐ろに着替えて、靴下を履いて顔を洗ってから髪を濡らしてドライヤーをかけた。階段を降りて駐車場へ行った。そこには赤いカムリが一台駐車されていた。僕はカムリに乗り込みエンジンをかけた。そして通りに出ようとしながら首を捻った。”これは、なんなんだろう“(”これは、なんなんだろう“と夢の中で呟いた)。僕は一体、車など持っていないのだ。不思議なことがあるものだ。どうしたってこんなものに乗っているんだろう。クリスマスに子供が自転車をプレゼントされるのとは違うのだ。誰も僕にくれちゃいない。しかしそれは確かに僕の車だった。歩道で止まっている僕の方に、マンションの向かいにある居酒屋の客達が一度振り向いた。賑わうカウンター越しにオーナーの女と目があった。そうか、若い男達はここで飲んでいたんだと僕は思った。何度か行ったことがあったが確かに悪い店ではなかった。オープンテラスのようになっていて、外へ出て夏は夏の、冬は冬の空気を感じることのできる小洒落た作りだったし、オーナーは幾ら飲んでも車で帰った(それほどしっかりした人だった。あるいはしっかりしていなかった)。外で飲む客を見て、今の季節は外が涼しくて気持ちがいいだろうな、と僕は思った。しかし僕はそこでお酒を飲むわけにはいかなかった。第一に何処かへ(それは何処か僕はよく覚えていない)行くために運転をしなければならなかったし、酒を飲めば、運転することはできないのだ。しっかりしているか否かに関わらず、法律で。

 僕はそのまま烏丸に向かって走ろうとした。すぐの信号が青になって、アクセルを踏み込むと次の瞬間不思議なことが起こった。車が前に進むと同時に車がどんどんと小さくなっていくのだ。少しずつ、止まることなく車は小さくなっていった。中がぎゅうぎゅうになってきて、次第に頭と肩がキツくなってきた。このままでは、まるでミニカーのようになってしまうのでは無いかと僕は怖くなって路肩に寄せて車を降りてみた。するとカムリは人生ゲームの駒のようにコンパクトになっていて、僕は手でそれが摘めるほどの大きさになっていることに気づいた。なんてこった、これじゃあまるでLSDかスーパーリミナルの世界だと僕は思ったが、僕がカムリを手のひらに収めた所で、夢は終わってしまった。夢から覚めると、もう朝の9時で、カーテンの隙間から日差しが漏れていた。ふー、やっばー。トレイラーパークボーイズのED曲が流れるよね。こういう時は。