シンク・ディファレント

東京→京都 法学部生 毎日の環境学。

僕の職業観

職業、自分が生きていく上で働く場所。
5W1Hにおいてそれを見つけるだのなんだのと言われ、啓発書の需要の極地だと思いますが、そんな難しいことではないのです。

僕は、職業についてはCan Must Want の3つの円の重なるところに見出すものだと考えています。3つの円とは、色の三原色の円のイメージです。赤と緑と黄色とで真ん中の3つの円が重なっているところは白になっています。あれです。

Canというのは出来ること、つまり自分の得意なものであり、自分が出来ること、そのものです。
Wantというのは自分のしたいことです。
Shouldというのは、すべきこと。するべきであることです。

この3つの円は必ずしも同じ大きさであるとは限りません。例えば、自分の捉えるShouldの円が小さくて、wantがその10倍でもいいのです。

何故このように考えるべきかということを先に話します。
これら(職業観)、すべての人が考えるであろうことというのは、できるだけ簡単に捉えるべきであると思うからです。できるだけシンプルに、ミニマリズム的な発想を持って考えるべきところです。
ですからこのような簡素な捉え方をします。

また、ここで背理法として最初に揚げ足を取ってくるであろう部分としては、じゃあすべての人がMustを小さく認識しすぎてWantばかり増えていったらどうなるのだ。というところでしょう。
これについては、こう考えています。
この問いの続きには反語で、
増えていったらどうなるのだ。そう、誰も汚い仕事はしなくなるだろう。
と続くのでしょうが、そんなことはないのです。
何故ならすべての人が同じ価値観を持っているわけではないからです。

価値観、なんて言葉を使ってなんかありきたりな安っぽい話になりそうだ、と警戒せずに聞いてください。
価値観、それこそがこの職業観を支えているのだから。

価値観の違い、とよく言われますが、それは一体なんでしょう。好きな食べ物?容姿?富への考え方?勉強の必要性の有無への考え方?そんな何気無いことへのいわゆる価値観の差というのがとても大事なのです。塵も積もれば山となる、ともまた違いますが、そんな些細なことでも、人と違うのです。これは認識すべきことで、自身の投票する政党が人とは違う。自分だってその政党を誰かと合わそうと思わないし彼らだって思わない。例えが上手くないのはわかってますが、つまりはそう簡単に人と意見は合わないということです。
昔、というかここ最近まで、僕は人と意見を合わすのなんて簡単だと思っていましたが、心の底から意見を合わすのなんていうのは不可能です。なぜ不可能なのか。それはどうでもいいと双方が踏んでいるからです。合わす理由がないのです。だから不可能なのです。

少し話を本題に戻します。今触れたようなことから、個人で価値観は確立されているので、3つの円が全人口において同じ大きさになることはあり得ないと思います。

であるからこそ自分は何をすべきか、一人一人というスパンではなくて宇宙レベルで考えようよ。人間なんだしさ。