シンク・ディファレント

東京→京都 法学部生 毎日の環境学。

the times they are changin

なにかこの頃落ち着かない。何かにいつも絶えず腹が立ってる。何かに怯えていて、自信がない。猫背だ。手によく汗を掻く。シャツがべたつくことが増えた。日常に不満が多い。何が不満だったのかを考えるのは退屈だ。頭の温度を病院の機械で測ったら真緑なんじゃないだろうか。頭が使われていない。臭い匂いを、埃を吸わないために息を深くつかない。頭に血が回ってない。何も考えてない時間が増えた。

でもたまにグッとくる音楽を聴いたり映画を見て僕は力が抜ける。いいなあと。でもそんなありきたりなことてしか自分を満足させられていない自分に腹が立っているのだろうか。

この文章を読んでいる人の今の気分がもしグレーではないとするとこの文字たちは今書いている僕が感じているように心に写し取られないかもしれないがまたそれもありなのである。気にせず読み続けてくれ。だいたい気分が優れているときに俗にいうネガティヴな文章を読むことはあまりないだろうが、だからこそたまにはやってみれば。


僕はいつもなにか自分が本当の自分を出しきれていない、と言いたげな文章を書くが、そしてそんな言い草をするが実際のところ、そんなことはないような気持ちも半分あって。

自分を定義する材料は恒常的にあるものではなくて移り変わっていくものであるからの自分云々の話になるが、今の僕は今の僕だ。本当の自分なんていうのはどうだっていい。

これはよく言われる、発言しない人は素晴らしいことを頭の中で考えていたって何も考えていないアホと同じだという話と同じである。

今の自分として定義されるのは、今の自分を形作る材料によるもののみによってであって、仮に、自分が目指しているものがあってその途中にいると自分で踏んでいてもそんなことは関係ない。虚しくも僕は僕だ。君は君だ。


でも面白い話だけれど、そんな事は大事なことじゃなくって、学生であり、これから金を稼ぐ方法を探っていかなくてはいけない僕にとってここで考えるべきなのはだから、どうするということだ。

今の僕は惨めでちっぽけであると。
それは分かった。だからどうするの。ということだと考える。

僕はまず自分のコンプレッサーを一つづつ首を絞めて殺していきたいと思う。

ここまで僕を悩ませてくれたこいつら、形こそないけれど僕を悩ませる厄介なものを排除してあわよくば、いや、あわよくばというか必ずそれを自分の盾にして利用していかなくてはと。