シンク・ディファレント

東京→京都 法学部生 毎日の環境学。

インスタントミュージック

毎朝駅で電車を待っている際に感じることがある。
僕は学校の方向的に自分の最寄駅からは東京方面の電車に乗るのだが志望していた高校が逆方向だったので毎朝ぶつぶつ思うのである。このサイトに書き殴っていることの原動力の4分の一くらいは僕が高校受験に落ちたことにあるので、しつこいと思っても聞いてくれたまえ。

幼稚な理由感が我ながら否めないが、東京行きの電車というのは朝方、とても混むものである。反対に逆向きはガラガラなのだが、行きたくもない学校に毎朝ぎゅうぎゅうになっていくのは惨めだ。みんなもやってるんだよ。なんて言うのはナンセンスだ。みんなって何処までを指しているのかわからないけれど僕はこれに関してこんな惨めな思いをしていない人を知っているわけで、みんな、everyone100%では無い。

それにやはり受験というのは、自分との戦いだと言われるが、確かにそれはそうかもしれないがそれと同時に同学年(大学受験ではその世代の人たち)との戦いでもあると思う。
つまり人と自分を比べることを迫られることが多い。実際僕はこれがかなりコンプレッサーになっている、というか気にしている。

朝ホームで待ってると向かいのホームで逆向きの電車を待ってる高校生がいるんだよなあ。あれを見るともうなんていうか、いやーな屈辱感がこみ上げてくる。

こんなことを言いたくなる。

スピ系や自己啓発の本には運まで努力でどうにかなると言いたげな雰囲気があるが、それはない。