シンク・ディファレント

東京→京都 法学部生 毎日の環境学。

高校受験生諸君へ

みなさんこんにちは。

残り少ない夏休みをいかがお過ごしでしょうか。もしくはそうでない方はお疲れ様というとこですが。

今日は中学3年生。所謂、高校受験生に今伝えたいことを自分の経験を含めて書きたいと思います。是非お付き合いください。

私は高い目標を持つ方に向けて書きます。低い目標の方とはするべきことが違うからです。

きついことに、高い目標というのは世間から高いとされる偏差値です。自分から見て高い目標ではありません。

 まず最初に言っておきたいのは高校受験って、都内私立トップ校であれ、地方県立トップ校であれ、努力をすればその結果が単純に出るということです。
 つまり誰でも勉強すればどの学校にも行けるということです。もう少し正確に言うと自分がどれだけ悩んでもわからない、っていう分野が高校受験には出てこないということです。(後に触れますが当日の運というのはあると思いますから)

そんなこと言ったら皆自分の行きたいところに行ってるはずじゃないかとなるわけですが、それはもちろん違いますよね。何故かって、誰でもって先ほど書きましたがこれは勉強をしたらの話だからなんです。
 つまり高校受験っていうのは筆を持つのが勝負なんです。筆を持ったら誰でも志望校を目指せますが筆を持たなければ(受験直前までやってなかったら)目指せるところも目指せないということです。

 じゃあ何故皆筆を上げないのかということだけどそれは決定的な情報がないというのがあるんじゃないかと思うんです。

それって何かって言うと「今日から一日3時間毎日受験前日まで勉強したら、○○高校入れるよ」っていう言葉。都合がいいかもしれないけれど、そういう言葉ってやっぱり大事だ。それがないと自分はなんのために頑張ってるのかを答えられない。ということは頑張れない。

だから私は出来るだけ早く信頼できる言葉を話す年上の人にそういう言葉を求めるべきだと思っています。




もう一つは勉強する意味を考えてしまうということです。これによって勉強する気が起きなくなります。なんでみんなやってる同じ年号をひたすら覚えなきゃいけないんだ…なんの意味があるんだ…何になるんだ…と。

そう考えて行くと僕自身もそうでしたが勉強する意味を夏休みとか、まだ受験ムードでないときには勉強をしなくなります。


 受験勉強をする意味は行きたい(良い)高校に行くためです。何故良い高校に行くのかというと学歴コンプレックスにならないためです。学歴が自分のしたいこと、自分がこうありたいというステータスの邪魔をしないようにするためです。


自分の知能の限界を知ることは誰にと高校受験では出来ないでしょう。しかし、自分の忍耐力の強さは正確に結果に反映されます。




因みにここまでこんなことを言ってきたのでそれについて言っておきます。

今日(8月25日)現在偏差値40の人でも親にお願いして(必要となれば頭を下げても)進学塾に入れてもらって1月まで死力を尽くせば偏差値70程度の学校にはひっかかるようになるでしょう。色んな考えがあるでしょうが僕はこう思ったりします。

本人にやる気があれば。というのは前提ですが。


今まで勉強してなかったからいきなり出来るようにならないという考えははっきり言って高校受験においては間違っています。

また、付け加えておきますが本気を出すってことはとても難しいです。どうしても面倒臭いという感覚が押し起こってきます。それに耐えられる人間がいることは身を持って知っていますが実際僕には耐えることが出来ませんでした。それも踏まえて死力を出すことに死力を尽くしてください。



 ここまで勉強するための考えについて言ってきました。重要なのはそこなのですから良く抑えて後悔をするとしても自分が目指せると思った学校を最後まで目指してください。
本当に行きたい志望校がある人が志望校に合格することを心の底から願っています。