シンク・ディファレント

東京→京都 法学部生 毎日の環境学。

僕が日本を離れて知ったこと #2

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今日は僕が日本を離れて知ったことをつらつら書いて行きます。

何個あるかわかりませんけど一つ目は、日本語は素晴らしかったということです。日本語は日本人の感じる情景や心情を他のどの言語よりも明確に言葉にできます。
これは他の国で生まれた人に日本語は素晴らしいとほざいてもそれに変わる言葉がない(概念)がないのですからきっと理解できないと思います。
ただ僕は英語ができるわけではありませんが、これから英語を勉強していったとしても母国語と同じレベルでの物事の理解というのは難しい気がしました。

このことにも共通するところですが今回今までと違うところに来てみて何を思ったかって、自分の思考の上限、といいますか概念の量といいますか、自分が考えられるものの幅を伸ばすべきだということです。

よく聞くことですけど、つまりは僕らは言葉で思考をしているので自分の糧となっている言葉をより多く知るということに尽きています。これってどうやって知っていくのかってやっぱり本を読むのもいいとは思うんですが、人と難しい話をしてみるというのが僕は好きです。難しい話っていうのは答えがない話のことです。相手も自分も答えを知らないという命題について話すということです。

そういうことについて話すとなんだか自分の知らない言葉をふと相手が使ってきて僕も使ってやろうとなります。(笑)


ふたつめは人種の違いについてです。これは本当にこの3週間毎日考えなかった日はないくらい僕にとっては考えさせられたものです。そして考え方を知りたいと思っているものです。

僕は全てを置いておいて、人種が違うという件についてはしょうがないとしか結論が出ません。ほんとうにしょうがないです。今更わめいてもというより今更というかもうこれは考え方ですよね。

そもそもこの世において全てのもの、虫と人間とか石とかのように異なっているのにそれらと自分の間には差を考えず人種の違うことに関して差を感じるのか。それってどちらかが優位だからというのと、つまりはそれは今まで生まれてきてからの外からの影響によってそう感じるのだと思うんです。

それは置いておいて人種が云々の話は死というものを自分に思い出させてくれるきっかけにもなります。死を意識するのは日常生活を無駄にしないため大事なことだと思っていますからそこから考えても様々な人種がいるアメリカは考えさせられるお国です。




あえてこの話をした後にこんなことを言ってみます。


皆さんはThink different してますか。 と。