シンク・ディファレント

東京→京都 法学部生 毎日の環境学。

自由な時間

学校の授業で珍しく面白いことをやっているので少しそこから。

内山節という哲学者の書いた本が現代文の教科書に載っていてそれを授業で扱っているのだが、彼の言っていることがとても面白いということ。

現代はコンピューターとか交通手段も含めて昔よりも効率化され、私たちの自由になる時間は増えたはずである。それなのに私たちが自由だと感じることのできる時間は(自由になる時間のこと)過去よりもずっと減っている。何故だろう。

というような感じ。
これはちょっと面白い。何が面白いかって僕ら現代人は自由な時間が無い!無い!と叫びつつそれについて考える時間を取りこういったことを考えないのだから。それなのに同じ現代人の中からこういった問いに向き合い、世間から評価されている。そのことに僕はこの世の安定感というかこの世への安心感というか、を感じずにはいられないのだ。


実はこの問い、答えを得るのはとても難しい。というか答えがあるかどうか知ることが既に難しい気もするが。簡単そうに聞こえながら手間を要する作業がこの世界にはいっぱいあるけれどこれはそれなんじゃないだろうか。