シンク・ディファレント

東京→京都 法学部生 毎日の環境学。

it's a gift,and a curse

この頃。多分このサイトに書き込み始めたくらいから、僕は自分の生活に前進というものがないと感じている。6日間学校に行って面白いとは言えない学問を学んでは日曜日ぼーっとして、なんだかもったいないとしか思えない。何がもったいないのかって、時間もそうだけれどこの時期(年、月、日)にしか考えられないことを考えていない若しくはこの時期にしか行動できないことを行動していない。それがもったいないと感じるのであるわけだ。
しかし学校が面倒臭いから自分にプラスになる道を進むために休むという極論には疑問を抱かざるを得ない。学校に行きながら残った時間で何かをしていた人がそう言うのであれば納得する面はある。だけれど今現在何にもしていなくて学校を辞めて何かを始めるというのは、さあうまくいくかな。と思ってしまう。身を置くところが変われば行動も変わるだろうがそれが身を置くべきところでなくてはいけない。そうでなければ意味がない。
身を置くべきところというのはあくまで自分だけの考えによるものではないと私は考えるのだが、自分の身を置く場所を変えるような行動家が人の意見をあっさり聞き入れるとは思えないしそうやって流されても良くない。やはり心をガシッと掴んでインスピレーションを与える、そんな自分に影響を与える何かがここでも必要になってくるのである。

総じて
自分の今何かに不満を持っていてそれをいい方向、望む方向に変えたいというのであれば自分に働きかける大きな影響が必要だがそれは自分から見つけにいくべきものでもあり、自分の行動による反作用としてインスピレーションを与えられればそれが良質な影響でもあるのではないかと思う。

でも正直世界は広いわけでその中で僕が悩んでいるなんてと考えるととても面白い。それを面白いと思える自分の頭の中も面白い。と思う自分の何かも面白い。

天賦の才です 難儀なね。